海棲昆虫。

都市伝説から、音楽、文芸。

諸星大二郎 BOX〜箱の中に何かいる〜 読んだ感想

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BOX~箱の中に何かいる~とは、諸星大二郎先生の作品です。

 

差出人不明で届いた「パズル」とチケットに導かれるように、奇妙な四角い館に集まった7人の人間がいました。

 

興味本位で来たという謎の女も加わり、中に入った彼らを待ち受けていたのは人形のような美少女と、想像を絶する迷宮。

 

パズルを解かなければ出られないというその謎のチャレンジを、7人は遂行していきます。

 

解けば、体の一部が消えるその驚きのパズルに戸惑う7人。

彼らは脱出できるのか? そして「招待主」は何者なのか?

 

幻想漫画の巨匠が仕掛ける状況限定(ソリッド・シチュエーション)型サバイバルホラーが今始まります。

 

そんなBOX~箱の中に何かいる~は、ミステリーサスペンスが好きな人や、諸星先生の作品が好きな人には文句なしにおすすめの作品となっております。

 

詳しくはこちらのサイトに行ってみてください。BOX~箱の中に何かいる~の濃いネタバレ(1巻後半)あらすじや感想も!無料 | Comic Shelf

 

諸星大二郎さんの作品を初めて読んだのですが、絵のタッチが独特で、どこか昔の漫画を感じさせます。

 

そして、基本的にこの漫画、謎に包まれています。その謎さ加減に、どんどん引き込まれていきます。

 

ページを繰る手が止まらないので、

「お母さん!ページを繰る手が止まらなよ!」

お母さんに言ったら、「あなたの手は繰るのをやめて、少しはお勉強したらどうなの!」と言ってきたので、僕は我慢出来ずに、「わかった。それなら、これを読んでみて!」と言いました。

そして、しぶしぶお母さんはBOXを読んだのですが、「これは面白いから、お母さんにちょうだいね」と言って、それ以来、帰ってきません。

それくらい面白いということです。

 

是非是非、かってみては〜。

3巻完結です。。

 

 




俵万智【短歌のレシピ】に学ぶ初心者向け短歌テクニックまとめてみた

今回は短歌のテクニックや上達法について語っていきたいと思います。

 

しかし、当の筆者も短歌の勉強を始めてから三ヶ月も経っていない素人なので、今回は俵万智さんの著作の【短歌のレシピ】という本を参考にしていきます。

 

【短歌のレシピ】には、いわば短歌の調理法や調理テクニックが満載です。

 

なので、今回のブログは、俵万智さんの本を参考に短歌の上達法をまとめていき、読者の方はもちろん、素人の筆者も記事をまとめることによって、短歌をより理解していく、という短歌初心者向けのブログとなっております。

 

こちらが今回紹介するテクニック

  1. 比喩の出し方に気をつける 

  2. くどすぎてはダメ

  3. 短歌は理屈じゃない

  4. 倒置法の利点

 

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 1.比喩の出し方に気をつける

まず、短歌において比喩は、うまくいけばそれだけで素晴らしい一首を成立させるものです。
なので、いい比喩を思いついたら、できるだけ丁寧に、それを生かせるかが肝です。
比喩以外の言葉は、全てその比喩が効果的に、生き生きと見えるように、それだけを考えて奉仕させる、そのぐらいの意気込みが必要です。
さらに、比喩には直喩と暗喩がある。
直喩は、「太陽のような人」「月のような心」
暗喩は、「鋼の精神」 「月の心」
となります。
すると、暗喩の方が、「ような」を取り除くことになるので、三文字節約できる。
さらに、暗喩の方が強く言い切ることも可能です。

 

 

 2.くどすぎてはダメ

これは、筆者が【短歌のレシピ】を読んで、一番重要かつ、気をつけなければならないと、思った箇所です。

 

短歌では、感じたこと、思ったことを的確に伝えることは大切だけど、言い過ぎてしまうと逆効果になることがある。
「そこまで言われなくても、じゅうぶんわかるけど」
「はいはい、そうだったんですね、そうだったんですね。ごちそうさま」
こんな感想しか残らないことになります。

 

つまり、だめ押しは、言葉足らずと同じくらいマイナスな表現だ、ということです。

 

例えば、「夕焼けにあなたと歩いた幸せは桜を見ればふと思い出す」という歌があったします。
すると、上の句の最後の「幸せ」という部分は言わなくても、「夕焼けにあなたと歩いた」で幸せは十分伝わるかと思います。
なので、「幸せ」という語は、その状況をただ説明しているに過ぎず、言わずもがななのです。蛇足なのです。
筆者が個人的に感じたのは、俳句にしろ、短歌にしろ、言わずもがなな語は省かなければならないということです。(リフレインなどの技法は除く)

 

 3.短歌は理屈じゃない

「こうだから、こうなった」「こうなので、こうなんです」というような理屈を、一首のなかで展開されると、読者は「ああそうなんですか」としか思えず、それ以上、その歌の世界に入り込むことが難しい。

 

これは、上で書いた「くどすぎてはダメ」にも繋がることかと思います。
なので、一首のなかで、「のに」「だから」「よって」などの助詞は組み込んではいけないということですね。(短歌に、『よって』という助詞はあまり使わないかと思いますが)

 

説明的になってしまうと、読者が想像を広げられなくなってしまいます。

 

 4.倒置法の利点

最後に倒置法の利点ですが、これは比較的簡単なテクニックかと思います。

 

まず、倒置法についてですが、普通の語順なら「青い空は美しい」という文を、「美しい、青い空は」とひっくり返すテクニックです。

 

なので、まず一度、短歌が出来たら、これが本当に一番良い語順なのかということを一度確認します。その次に、倒置法を試してみます。しかし、倒置法は全部が全部、倒置法をしてもいいというものでもないので、気をつけないと逆効果になってしまいます。
 

 

四つほどテクニックを紹介しましたが、【短歌のレシピ】には、まだここでは紹介していない短歌レシピがあるので、また機会があったら、紹介できたらなと思います。

 

もちろん、俵万智さんの文章を引用した所も何箇所かありますが、基本は筆者の文章なので、わかりずらかった方は、本を購入するのをオススメします。

 

したに、Amazonのリンクを貼っておきますね〜。

 

 

 

 

 

 




岩手県盛岡市に行ってきた【宮沢賢治 石川啄木を巡る短歌旅】

岩手県は、盛岡市に行ってきました。

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快晴でした。

 

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これは、北上川です。
北上川に隣接している歩道を歩いてみましたが、流れがけっこう速いので、川の音がいっぱいに聞こえて、気持ちが良かったですね。
京都の鴨川のような感じで、すごく町と調和している川です。

 

 

さて、岩手県といったら、宮沢賢治石川啄木の故郷として、有名ですよね。
岩手県盛岡市には、宮沢賢治石川啄木の歌碑がいたるところに設置されています。
それを何箇所か巡ってきました。

 

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これは、歌碑というより掛け軸というか、まぎれもない掛け軸ですね。
この掛け軸は、【啄木新婚の家】に設置されています。
啄木新婚の家】は、啄木が結婚当初、三週間ほど住んだ場所として、当時のまま保管されている、現存の最後の啄木の遺跡です。

 

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次の歌碑は、【もりおか啄木賢治青春館】に設置されている、歌碑です。

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 宮沢賢治は、童話で有名ですが、短歌も書いてたんですね...
この度、初めて知りました。

 

 

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これは、盛岡城跡公園にある啄木の歌碑です。
この城跡で啄木は授業をサボり本を読んでいたそうです。

 

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これは、関係ないです。

ただの花です。

 

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こちらは、開運橋の畔りにあります。

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開運橋はこちらです。

 

 

いい街でしたよ!

 

 

 

【若山牧水厳選短歌集】牧水歌集から抜粋

今回は、若山牧水の短歌を紹介していこうと思います。

 

その前に、若山牧水とはどんな人物だったかについて、簡単に触れていこうと思います。

 

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宮崎県東臼杵郡東郷村(現・日向市)の医師・若山立蔵の長男として生まれる。1899年(明治32年)宮崎県立延岡中学校に入学。短歌と俳句を始める。

18歳のとき、号を牧水とする。由来は「当時最も愛していたものの名二つをつなぎ合わせたものである。牧はまき、即ち母の名である。水はこの(生家の周りにある)渓や雨やから来たものであった」

 

若山牧水 - Wikipedia

 

 

それでは、個人的に良かった短歌を紹介していきます。

 

 

蒼ざめし
額つめたく濡れわたり
月夜の夏の街を我が行く

 

 

かもめかもめ
青海を行く一羽の鳥
そのすがたおもひ吸う煙草かな

 

 

わが手より
松の小枝にとびうつる
猫のすがたのさびしきたそがれ

 

 

ただひとつ風にうかびて
わが庭に
秋の蜻蛉(あきつ)のながれ来にけり

 

 

しのびやかに
遊女が飼へるすず蟲を
殺してひとりかへる朝明け

 

 

地にかへる落ち葉のごとく
ねむりたる
かなしき床に朝の月さす

 

 

高窓の赤き夕日に
照らされて
夜を待つわれら秋の夜を待つ

 

 

酒無しにけふは暮るるか
二階よりあふげば
空を行く烏(からす)あり

 

 

我がうしろ
影ひくごとし街を過ぎ
ひとり入りゆく秋植物園

 

 

植物園の
秋の落ち葉のわびしさよ
めづらしくわが静かなること

 

 

動物園の
けものの匂ひするなかを
歩むわが背の秋の日かげよ

 

 

秋の入日、
猿がわらへばわれ笑ふ、
となりの知らぬ人もわらへる

 

 

 

【石川啄木の厳選短歌集4】

今回も、個人的に好きな石川啄木の短歌を紹介していきます。

 

 

小蟻ども
あかき蚯蚓(みみず)のなきがらを
日に二尺ほど曳(ひ)きて日暮れぬ

 

 

青ざめし大いなる顔
ただ一つ
空にうかべり秋の夜の海

 

 

家という都の家を
ことごとく
かぞえて我の住まむ家なし

 

 

銀杏の葉
なかに埋もれし黄楊櫛(つげぐし)も
拾いし日ある山に来てみぬ

 

 

赤煉瓦
ひろく敷きたる大道の
殊にさびしき真昼時かな

 

 

あくがれや
欠けし香炉に思出の
霞(かすみ)焚くなり火に燻りつつ

 

 

夜もすがら壁のこほろぎ
何をなく
冷えしみ心とむらいて泣く

 

 

月明き
秋の海辺のしら砂に
高く笑ひてかなしかりけり

 

 

ふるさとの寺の御廊(みうら)に
踏みにける
小櫛の蝶を夢にみしかな

 

 

形あるもの皆くだき
然る後
好む形につくらむぞよき

 

 

秋の空
廓寥(くわくれう)として影もなし
覚めたる人の心にも似て

 

上の首で出てくる、廓寥(くわくれう)ですけど、(くわくれう)という読み方は昔の読み方で、現代では(かくりょう)と読まれます。

 

廓寥の意味は、広々として物悲しいさま、寂しいさま、です。

 

 

最後の一首!

 

 

いたく錆びしピストル出でぬ
砂山の砂を
指もて掘りてあり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【石川啄木の厳選短歌集3】

 

今回も、個人的に好きな石川啄木の短歌を紹介していきます。

 

 

 

山に居て
海の彼方の潮騒
聞くとしもなく君を思いぬ

 

 

ちなみに、文末の助動詞【〜ぬ】は、その動詞の完了形(〜てしまった、〜てしまう、〜た)を表します。

 

助動詞【ぬ】には、さらに、もう一つ使い方があります。それは、動詞の連体形の【ぬ】です。連体形とは、名詞の前にくるものです。

例えば、「食べぬ人」という例文の場合は、助動詞【ぬ】が名詞の前にきているので、これは連体形になります。連体形は、その動詞の打ち消しを意味するので、「食べない人」ということですね。

なので、助動詞【ぬ】が、文末にきているのか、それとも名詞の前にきているのかで、前者は完了形、後者は動詞の打ち消しと見分けることができます。

 

 

君を見て我は怖れぬ
我を見て君は笑ひぬ
その夕暮れに

 

 

そことなく
蜜柑の皮の焼くるごとき
にほひ残りき君去りしのち

 

 

ゆるやかに煙草の煙
天井に渦を巻けるを
眺めてありき

 

 

どこやらに杭打つ音し
大桶をころがす音し
夕となりぬ

 

 

手にためし
雪の溶くるが心地よく
我が寝飽きたる心には沁む

 

 

それもよし
これもよしとてある人の
その気軽さを欲しくなりたり

 

 

非凡なる人の如くにふるまえる
昨日の我を
笑ふ悲しみ

 

 

今日もまた
捨てどころなき心をば
捨てむと家を出てにけるかな

 

 

白き皿拭きては棚に
重ねゐる
酒場の隅のかなしき女

 

 

霙(みぞれ)ふる
石狩の野の汽車に
読みしツルゲエネフの物語かな

 

ちなみに、上の首で出てくる、ツルゲエネフとは、19世紀のロシアを代表する小説家です。

本名を、イワンツルゲーネフ

 

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イワン・ツルゲーネフ - Wikipedia

 

上の啄木の首では、霙が降る野を進んでいくという描写に、ツルゲーネフの物語という言葉が出てくることによって、19世紀当時のロシアの荒涼とした大地をも想像させる味わい深い首だと思います。

 

 

 

 

 

最後に一首!

 

しつとりと
水を吸ひたる海綿の
重さに似たる心地覚ゆる

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【石川啄木の厳選短歌集2】

僕が個人的に選んだ、石川啄木の短歌を紹介していきます。

 

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石川啄木 - Wikipedia

 

 

なつかしき冬の朝かな。
湯を飲めば、
湯気がやはらかに、顔にかかれり。

 

 

何となく、
今朝は少しく、わが心明るきごとし。
手の爪を切る。

 

 

うつとりと
本の挿絵に眺め入り、
煙草の煙吹きかけてみる。

 

 

腹の底より欠伸もよほし
ながながと欠伸してみゆ、
今年の元日。

 

 

神様と議論して泣きし
あの夢よ!
四日ばかりも前の朝なりし。

 

 

飴売のチャルメラ聞けば
失いし幼き心
ひろへる如し

 

 

神無月岩手の山の初雪の
眉に迫りし
朝を思ひぬ

 

 

その昔
読みしことある小説に
書かれし如く帰る道かな

 

 

公園の隅のベンチに
二度ばかり見かけし男
この頃見えず

 

 

何がなしに息切れるまで
駆け出してみたくなりたり
草原などを

 

 

ふと見れば
とある林の停車場の
時計止まれり雨の夜の汽車

 

 

家を出て五町ばかりは、
用のある人のごとくに
歩いてみたけれど

 

 

秋の空
玲瓏として曇りなき
君をおもへば心さびしき

 

 

 

ちなみに、玲瓏。

というのは、玉のように美しく、鮮やかな様をさします。